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プログラミング、3DCGとその他いろいろについて

根拠の無い自信・ミュンヒハウゼンのトリレンマ・タイムトラベル

ここでは、根拠のない自信とミュンヒハウゼンのトリレンマをタイムトラベルの視点から考察します。この2つは根拠なく何かをするという点で同じですが、それはまだ誕生していないタイムトラベラーが現代に影響を与えるというのと論理的には同じです。


ミュンヒハウゼンのトリレンマ

「根拠のない自信」は自己愛性パーソナリティー障害のやっかいな症状とされることがありますが、ミュンヒハウゼンのトリレンマを考慮すると、そもそも根拠のない自信でないものなどこの世に存在しない可能性があります。

ミュンヒハウゼンのトリレンマとは次のようなものです。私達は筋道立てて物事を考える時、次の図のように、ひとつずつ段階を追います。物事には根拠が必要なのです。

ところで、論理の流れを過去へたどっていくとどうなるでしょう?すると、次の2つの図のように、何の理由もなく根拠が突然現れるか、循環論法になるしかありません。

(理屈の上では、無限に論理の流れが続いていくのだとすればこの問題は回避できますが、そうすると本当の理由にはいつまで経ってもたどり着けないということにもなりかねないので、数学ではこの立場をとっていないようです。)

この2つはいずれも「根拠のない自信」です。一見根拠のあるなにかもその理由をたどっていくと、結局根拠のない自信になるわけです。我々は全員自己愛性パーソナリティー障害を患っているのですが、全員同じような方向に病んでいるので、自分が正常だと思いこんでいるわけです!

(もっとも、3番めの図は未来の自分こそが根拠なのだとも言えそうです)

擬タイムトラベル

根拠のない主張というのはトンデモ理論の温床なので、基本的に信じるわけにはいきませんが、まれに良い結果をもたらすこともあります。たとえばエネルギー保存の法則は、血の色を観察することによって「発見」されました。実はそれは勘違いだったのですが、最終的には厳密性を獲得したわけです。

これが意味するのは、最終的に厳密に真偽を判定するつもりなら、一時的に根拠のないアイデアを持ってもよいのではないか、ということです。これはタイムトラベルを連想させます。未来からのタイムトラベラーは何の前触れもなく登場します。しかし、その後きちんとした手順を踏んで(親が結婚し、生まれ育つ)現れるのです。

さてそれを踏まえて上の2つの図を見てみると、タイムトラベルのように見えます。とくに循環論法の図はBからAへのタイムトラベルそのものです。

2番めの図については未来から何もやってきていないように見えますが、こうして生まれた論理の流れが良い結果をもたらすのなら人々の間で流行るでしょうから、結果がその論理の起点であるAを支持するといえます。つまりタイムトラベルです。一度根拠のない自信を持ったら、ループを閉じなければいけないのです。

そういう意味では、ループを閉じることに成功した根拠のない自信は、厳密には「根拠がない」わけではなく、未来の自分が根拠となっているとも言えます。

引きこもりの天才

このことはニュートン、ダーウィン、アインシュタインなどの天才とされる人々が、その最も創造的な仕事を成し遂げたときに他の研究者から距離をおいていた理由を暗示しています。

おそらく彼らは根拠のないアイデアを無数に生み出していて、それらに厳密さを与える前に他人と相互作用したくなかったのです(未完成の段階でついうっかり口に出そうものならトンデモ野郎として袋叩きにされます)。「根拠のないアイデア」はそれまでの流れに沿っていないので革命的である可能性が相対的に高いのですが、一方でトンデモ理論の温床であるというのも事実なので、当たりを引くまでくじを引き続けたのでしょう。結果的にうまく行ったアイデアだけ公表すれば、あたかも未来から情報を得ているかのような革命的理論が降って湧いたように見えます。

実際、アインシュタインは科学的事実から論理的つみかさねで特殊相対性理論にたどり着いたわけではないと述べています。彼は科学的事実から直感により一気に結論に到達し、そのあと間を論理でつなげたのです。彼がモーリス・ソロヴィンに宛てた手紙には、そのことを示したいかにもタイムトラベル的な図が描かれています。

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