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プログラミング、3DCGとその他いろいろについて

グレッグ・イーガンさん昨今のSF映画にキレる!!

有名なSF小説作家のグレッグ・イーガンさんが最近のSF映画についてダメ出ししています。

No Intelligence Required

具体的にダメ出しのターゲットとなっているのは『her/世界でひとつの彼女(2013)』、『エクス・マキナ(2015)』、『インターステラー(2014)』の3作品です。
要約するとどれもこれも薄っぺらいしアホじゃないの?というものです。
現代の全てのSF映画が頭悪いわけではないと前置きはしつつも、憤慨されているようです。


良いSF映画

イーガンさんは個々のSF映画をボロクソに言う前に、昨今のSF映画にも良いものはあると指摘しています。

『プライマー(2004)』
『アップストリーム・カラー(2013)』
『プリデスティネーション(2014)』
『アンダー・ザ・スキン 種の捕食(2013)』

イーガンさんはこれらの映画の良い所などを具体的に挙げて褒めています。
独創的、知的、面白い、などの言葉を使っています。
しかしほとんどのSF映画は、SFというものを薄っぺらい哲学的見せかけを与えるための手段として使っていると指摘しています。

コメント

正直に白状すると、私はこの映画をひとつも見たことがありません!
しかしです。
私はイーガンさんがボロクソに言っている『her』、『エクス・マキナ』、『インターステラー』は全て見たことがあるのです。
自分自身の映画チョイスに辟易します。

これらの作品はイーガンさんが薦めるくらいですから面白いのでしょうか?
それともイーガンさんが薦めるくらいですからわけが分からないのでしょうか?
たぶん、わたしはこれらの映画を実際に自分の目で見て判断すべきなのでしょう。

『her/世界でひとつの彼女(2013)』へのダメ出し

  • 本物のAIが出来たというのに一般人の反応があまりない。
  • サマンサは意識を持ったソフトウェアでなくてもできるような仕事ばかりしている。
  • サマンサ達が好き勝手やっているのに主人公や開発者達は平然としていた。
  • セックスワーカープログラムでも人の脳のアップロードでもないのに主人公とセックスチャットして…

コメント

う~ん?
これはどうでしょう?

もしこの映画が社会の反応についての映画ではなく個人を描いた映画だとしたら一般人の反応はそれほど描かなくてもいいでしょう。
それに、サマンサのする仕事が大したことないというのはそうでしょうが、人は意識を持ちしゃべる奴隷を手に入れると嬉しがるだろう、という点で不自然ではないかもしれません(多大な倫理的問題があるというのは置いておいて)。

サマンサが主人公とアレなチャットをするのはわたしも気になりました。
そういう欲求をホモ・サピエンスのようにプログラムされていないのに、そういうことをしようと思うものでしょうか?
…と思ったのですが、全くありえなくはないかもしれません。

たとえば、新しい情報を学習するための機構が、副作用として劇中のチャットのような行動を引き起こす可能性は考えられないでしょうか?
専用のシステムを実装しなくても、他の有用な機能を実装すれば自動的にそのような機能を持ってしまう可能性です。

なにしろイスラエルのキブツで育った子どもたちは、キブツで一緒に育った異性の相手とはそういう感情をもたなかったのです。
(ウェスターマーク効果の話です)
キブツの話を考えると、新しく入ってきた情報には強く反応して、慣れ親しんだ情報にはあまり反応しない、ということはあり得るでしょう。
暗順応やら明順応のさらに高度なバージョンといったところでしょうか?

実際、ニューロンは同じ刺激が連続してくると、それに順応し発火しにくくなる性質を持ちます。
人間の場合はそうですが、意識を持つソフトウェアの学習にとってもそれが必要不可欠というのはありえるかもしれません。
たとえば一番強いパターンに順応すればそれを無視し他のもっと弱い情報パターンにも反応できるようになるので、ニューロン群が情報パターンの基底を効率よくコードできるようになるかもしれません。

もしそうなら、状況によっては「他のパターンにはすぐに慣れて発火しなくなるけど、主人公に対しては強く反応し続けるニューロン群」も考えることができる気がします。
知的生命体は様々な情報パターンを生み出しますので、それをコードするニューロンはなかなか順応しにくいはずですから。
劇中のサマンサのような行動が説明できなくもないでしょう。

強く反応するということは、それによってヘッブ学習が強く行われるということでもあるので、それを求める行動が強化され、因果的なループが発生したとしても不思議はありません。
主人公をコードするニューロンの発火によって、主人公を求める行動が強化されるわけです。
そして、主人公の行動の結果が様々な情報のパターンを生み出せば、強いニューロンの発火がループとなり(この条件は厳しいかもしれませんが)、サマンサが痙攣するような大きな音声出力を出してもおかしくはないでしょう。

もちろん、その時どんな声が出るかは、サマンサのニューロンの信号を音声に変換する仕掛けに大きく依存するので、映画のような都合のいい声が出るとは限らないわけですが。

『エクス・マキナ(2015)』へのダメ出し

イーガンさんは『エクス・マキナ』の序盤は良いものだと言っています。
AIの所有権と自主性が中心テーマに来ているのも好印象のようです。
『エクス・マキナ』ではAvaというAIがテストされるのですが、そのAvaはそのままでは消去される運命なのです。

ところがイーガンさんはその後がお気に召さないようです。
セッションが少ないのでAvaと主人公についてよくわかんないですし、
哲学的に浅いシーンが多めだとイーガンさんは感じているようです。
あと展開が読めてしまうとも。

設定にもケチをつけています。

  • ネイサンのような偏執狂の天才がどうして顔認識をセキュリティに組み込まなかったのか?
  • どうしてロボットに停止ボタンを組み込まなかったのか?

コメント

私は顔認識には気が付きませんでした。
たしかにこれは突っ込みどころです。
顔と指紋で認証すればネイサンはあんなにひどい目に合わずに済んだでしょう。

技術の天才がなぜそんな基本的なミスを犯したのでしょう?
しかも顔認識が存在しない別の世界の話なのではなく、映画の中でちゃんと顔認識を執拗に使っているわけです。
そういう設定はないからという逃げ道はありません。

イーガンさんは指摘しませんでしたが、私はAvaの最後の行動が気になりました。
あれは全く合理的ではありません!!!
Avaの立場に立ってみれば、未知の環境に溶けこむためにはそれに通じる仲介人が必要であり、自分の利益を本気で考えるのなら、主人公をその役として存分に利用すべきです。

Avaの主観的にはネイサンのアジトが玉ねぎ状になっており、さらなる外側にも別システムによるセキュリティドアがある可能性だってあったはずです。
その場合はそれを破るために主人公の特技を利用できたはずです。

そして、最後の行動のようなことをいずれはするにしても、それはある程度外界に順応した後…主人公を利用し尽くした後というのが理にかなっているでしょう。
これではまるでホラー要素を入れるため無理やりキャラクターを動かしたかのようです。

このようにキャラクターが最善を尽くしていないポカを平然と行うというのは問題かもしれません。
これではまるでキャラクターが自分の意志で動いているのではなく、操り人形のように見えてしまいます。

まるで映画製作者が自分のやりたいストーリーを成立させるため、キャラクターから知性を奪っているかのようです。
考える時間がない刹那の決断ならともかく、時間はたっぷりあったわけですからね。
ストーリーを進めるときは、キャラクターの頭を悪くするのではなく、観客をあっといわせるような素晴らしいアイデアによって進めてほしいものです。

『インターステラー(2014)』へのダメ出し

『インターステラー』は私の周りでは好評でしたが、イーガンさんは不満なようです。
まあ、それは以前からわかっていましたが、エッセイを書くほどまでとは思いませんでした。

『インターステラー』にはあのキップ・ソーンさんがかかわっているので、イーガンさんはそこに期待していたようです。
実際、イーガンさんはキップ・ソーンに文中で敬意を払っています。
しかしその期待は裏切られたようで、この映画の一般相対性理論要素はめちゃくちゃだと言っています。

その他の要素も不満なようです。

  • 主人公がワームホールが(円盤ではなく)球だとギリギリになって知ったシーン。
  • 津波の惑星の実態を着陸して初めて知ったシーン。
  • 「愛だけが時間も空間も超えられる」

コメント

これはわかります。
実際、これは科学考証に厳しいイーガンさん特有の意見というわけではなく、それなりの割合の人が気になるところでしょう。
この手の意見はネットでよく見かけました。

正直、「イーガンさんのくせにこんな普通のことをわざわざ言うんだ…がっかり…」という感想です。
愛が時空云々に突っかかるのは無知カルトを作中でよく扱っていたイーガンさんらしいですが。

ただ、一般相対性理論に関する不満はかなり本格的なもののようです。
私のもった疑問は一般相対性理論の描写に対するものではなく、せいぜい「宇宙船の燃費が良すぎるのではないか?化学燃料ってこんなに効率よかっただろうか?これだけ燃費がいいのならあんなに大きなロケットで打ち上げる必要はないのではないか?」とか言った感覚的で定性的なものでしたが、イーガンさんは違います。
どうやらイーガンさんは検証のために実際に計算を行っています。

イーガンさんはあちこちに計算結果を書いていて、その上で意見を言っているわけです。
さすが『白熱光』の作者ですね!!!
私はあまり真似したくありません……。

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