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プログラミング、3DCGとその他いろいろについて

安定は多世界解釈における自己複製と同じ

しばしば安定と自己複製は別のものだとみなされます。「安定」とは別の状態になってもまたもとに戻るという意味で、「自己複製」は自分と同じ物の数を増やすという意味です。もし危険に出会っても確実にそれを乗り越えてもとの安全な状態に戻れる生き物がいたら、マンボウのようにたくさん卵を生む必要はないでしょう。じっさい、現在ホモ・サピエンスの赤ちゃんが成人できる確率はとても高く、そのため出生率は低いわけです。このように、一見安定と自己複製は逆の概念のように思えますが、じっさいには安定とは多世界解釈における自己複製に過ぎません!安定した生き物は、たくさんの宇宙で自分が生き残っているからです。


自身を増殖させないようにする自己複製子

量子コンピュータの概念の先駆者である物理学者デイビッド・ドイッチュは、文句なしの天才であるものの、その著書『無限の始まり』の中で次の文章に見られるような明らかな論理的誤謬を犯しています:

知識というものは一旦適切な環境の中に物理的に具現化されれば、その状態を続けようとする傾向がある。たとえば、一ドルの物理的な形態としての一ドル札が使い古されて造幣局で処分されるとき、抽象的な一ドルは造幣局に自身を電子的な形態に変換させるか、紙幣という形態の新たな実在に変換させる。抽象的な自己複製子なのである――ただし、自己複製子には珍しく、自身を増殖させないようにし、代わりに台帳に転記させたりコンピュータの記憶装置にバックアップさせたりする。

ーデイビッド・ドイッチュ『無限の始まり』第11章 多宇宙(強調は引用者)

自身を増殖させないようにする自己複製子!これほど矛盾した言葉があるでしょうか?なるほど、デイビッド・ドイチュは天才であり、ほとんどの分野で私より深い知識を持っているのは確かです。しかし私でもこの文がメチャクチャだということは理解できます!自己複製子とは自分自身を複製するもののことです。未来永劫に渡って増殖しない、あるいはしようとしないのならそれは自己複製子ではありません。

ただし、私はドイッチュが言っていることがすべて間違いだと言いたいわけではありません。1ドル札が自己複製子だというのには私も同意します。私が不満を持っているのは、1ドル札が増殖しないという部分です。1ドル札は間違いなく増殖します――ただしこの宇宙ではなく、多宇宙で。

安定とは自分が生き残る宇宙を増やすこと

この間違いを正す鍵は、ドイッチュがその章で述べている多宇宙にあります(私はドイッチュともあろうものがこのような幸福の青い鳥的過ちを犯すのがほとんど信じられません)。1ドルは安定して存在する概念であり、火事で半分焼けたり子供が破ったりしても代わりのものが作られなければなりません。つまり、それぞれの破壊イベントが起きた宇宙でも、一ドルは存在しているのです。


1ドルが失われる場合。破壊された1ドルは修復されないため、1ドルが存在する宇宙の数はそう多くありません。


かわりの1ドルが作られる場合。1ドルが存在している宇宙の数は増えます。安定したものは、それが存在する宇宙の数が増えるのです。

これは、安定という概念の新たな解釈です。安定は見方を変えた自己複製にすぎません。「より安定した」というのは「より多くの状況で存続できる」ということの言い換えであり、周りの世界も含めた自己複製なのです。

決定論的宇宙での安定

ここまでは、現実の宇宙での話でした。ではコンピュータのシミュレーションのような、決定論的な仮想の宇宙では、この話は適用できないのでしょうか?決定論的宇宙では、宇宙は分岐せず、常に一つの道しかないので、上述の論法は通用しないようにも一見思えます。

しかし実は、そのような世界でも安定は姿を変えた自己複製だとみなすことができます。次のように、時間と空間を区別せずに考えてみましょう。不安定な物体は、破壊される前にしか存在できません。一方、安定した物体は自分が破壊された後復活しますが、これは自分が存在する時間を増やしていると言えます。自分が存在している世界の状態を増やしているという点で前述の多世界解釈の場合と同じなのです。

 不安定な物体の歴史。不安定な物体は一度破壊されるともとに戻ることはありません。つまり、破壊される前にしか存在しないのです。

安定な物体の歴史。安定な物体は破壊されても復活します。つまり、破壊された後にも存在するという意味で、(時間的な)増殖の一種だとみなせます。

まとめ

安定は増殖の別の側面に過ぎません。多世界解釈では、安定した物体がある宇宙の数はそうでない物体の宇宙の数よりも多いです。安定とは自分の周りの世界も含めた自己複製なのです。

宇宙が分岐しない決定論的世界でも同じようなことが言えます。壊れた後修復する物体は「安定」していますが、実は自分が存在する宇宙の状態を増やす「増殖」だともみなせるのです。

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